アスパラガスは、北海道においては15年以上にわたる栽培管理が求められます。そのためには「定植時の土作り」と「定植後、長期にわたる肥沃な土壌の維持」が大切です。これらを具現する農業技術(農法)は、土壌条件の多様性・適合性と永年作物であるという特性のためか、必ずしも実践的・効果的な技術(農法)は確立されていないと経験してきました。
「里の土壌医のブログ」は2016年からアスパラガスの土作りを試験圃場で試行錯誤している記録です。テーマは「持続可能なアスパラガス栽培を可能にする土壌管理」です。

農業全書「農業全書」は全十巻で構成され、第一巻が「農事総論」で農業技術全般が、二巻以降が野菜・草木等の栽培法が論じられている。第一巻には十項目が展開されているが、その筆頭が「耕作」であり、最も多くの頁を割いていることから、「耕作」が農業技術で論じる最重要事項であると考えていたと理解できる。

「耕作」で私は次の3点を感じました。
・農法は、天候気象、地形、土質、風土などの自然環境に順応した術、すなわち「天地生養」、「陰陽和順」の思想を根源として論じられている。
・農人は「土地の宜しき(よろしき)」に従うべしの言がある。「宜しき」は「多様な個性」のことと理解する。風土の固有な多様性を土台として、それに順応した農業技術が論じられている。これは現代の共通、普遍的な技術論と対峙するものと考える。
・これらの思想を基調として農業全書が展開する農耕技能は、現代の機械による力ずく農耕、化成肥料・化学農薬の多投、によって失いつつある土壌の本来的・健全な機能の在り処を見つけることができる思いがする。

 この理解に基づいて「第一 耕作」に3つの節を新たに立てて、分類整理、要約してみました。各項には条項内容の趣旨を代表すると考えた(タイトル)を付記しました。文中の用語には、(よみがな、注釈)を所により付記してありますが、私の拙い解釈ですので誤りがありましたら悪しからず願います。要約は、原文を約1/3に縮小しました。また、項目順も一部入れ替えてあります。

巻の一 農事総論
第一 耕作
第一節 総論
(天地生養)
・それ農人(のうじん)、耕作のこと、その理り(ことわり)至りて深し。
 稲を生ずるものは天なり。これを養うものは地なり。人は中にいて、天の気により土地のよろしきに順ひ(まつろひ;したがう)、時をもって耕作を勤む。もしその勤めなければ、天地の生養も遂ぐべからず。(人の勤めがなけれが、天の稲を生ずる活動、地の稲を養う活動は、遂げることはできない。)

(陰陽和順)
・ およそ土は転じかゆ(掻ゆ)れば陽気多く、また執滞すれば陰気おおし。
 それ陰陽の理りは、至りて深しといえども、耕作に用いる所は、その心を付けぬれば悟りやすし。
 先ず、土の湿りたるは陰なり。乾きたるは陽なり。粘り塊たるは陰なり。重く強くはららぐ
(ばらばらになる)類は陽なり。これらの類を、おしはかりて土地の心を知るべし。仮りそめにも、陰気の陽気に勝りたざるように分別し、陰陽のよく調ふる(となうる;ととのえる)計らいを専らとすべし。
 晴れたる日に耕し、その土白く乾きたる時かき砕き、雨を得てうゆる(植える)と、また畑ものは、日と風を得て中打ち(なかうち:中耕)し、白く干して培うこと、これ皆、内に陽気を蓄え、外潤いを得る時は、陰陽和順するというものなり。
 農人よくこの理を辯へ(わきまへ)、およそ耕し、うゆる(植える)事ごとに、皆陰陽を調へて(ととのえて)天地の徳を助くべし。

第二節 心得
(田畑輪換)
・田畑は年々に変え、地を休めて作るを良しとす。しかれども、地の余計なくて、変えることのならざるは、植えものを変えて作るべし。
 所により、水田を一、二年も畑となし作れば、土の気が転じて盛んになり、草が生ずることなく、虫もなく、実り一倍もあるものなり。
 さて、畑ものにて土気弱りたる時、また元の水田となし稲を作れば、これまた一、二年も土地転じて大利を得るものなり。されども、これは上農夫のなす手立てなり。

(深耕浅掻)
・秋の耕しは、深きをよしとす。春夏は浅かるべし。また犂くことはいかにも平らかにむら無く、かく(掻く)ことは二三遍も、いか程も精しき(くわしき)を、よしとすることなり。これかきこなすことの懇(ねんごろ)にして塊なからんがためなり。
 細かによくかきたる地は、潤いをよく保つ故、少々の旱(ひでり)にも乾かずして苗傷まず。とかく土細かにして和らか(やわらか)ざれば、作り物の利潤少し(すくなし)と知るべし。苗の根あらき土には思い合わず。糞(こえ、肥え)も、むら交じりあるゆへなり。
 また、秋耕は青きを覆うということあり。草の青く生いたるを犂きかえし置けば、その田肥えるものなり。
 初の耕しは、深きをよしとす。重ねて段々鋤くことは、さのみ深きを好まず。初の耕し深からざれば土地熟せず、重ねて鋤く事深くして生土を動かせば、毒気上にあがりてかえって植えもの痛むものなり。ただこれは荒らし置きたるを耕すことを言うなり。
 熟地を常に耕すはしからず(そうではない)。先初は薄く犂て草を殺し、段々深くして種子を蒔くべき前は底の生土を動かすべからず。種、生土の毒気に当たりて生じがたく、栄えがたし。

(膏澤潤和(こうたくじゅんわ)
・耕の本(もと)は、時を考えて土を和らぐるを、肝要とすることなり。その時分をよく知るべし。
 先ず、春はこほり(凍り)溶けてより地の気初めて通じ、土和らぎ解くる時なり。また、夏至は、天気初めて暑し。されども陰気はこの時初めて兆す。この時も又、土解くるものなり。また、夏至(6月21日)の後九十日(9月22日、秋分)昼夜等し。この時も又天気和す。
 凡そこれらの時をもって、田畑を耕せば、一度にして五度にも当たるものなり。これを名付けて「膏澤」(こうたく;肥えて潤いのある土地)といいて、土の潤い和らぐ時なり。皆これ耕してすぐれてよき時なり。
 また、春の耕しは凍り(こおり)いまだ溶けざる中、春の陽気の通ぜざるに必ず耕すべからず。寒陰の気を覆い置くこと、甚だ悪しきことなり。
 また、堅く強き土、黒土の粘りたるなどは、春も少し遅く耕すべし。これらの土は塊を砕き置きて、草少し生じたるをみて又耕し、小雨の後又耕し、かきこなして塊少しもなきようにし置きて時を待つべし。これを強き土を弱くするの図りごとというなり。
 もし未だ春の気も通ぜず、潤いも無きに、強いて耕せば、塊砕けず、草も腐れ爛れず(ただれず)して、植えて後、苗と草と一つ穴より生ひ出でて、中うち(中耕)、芸る(くさぎる:除草)こともなりがたく、糞(肥え)もきかず、地痩せてあるるものなり。
 春和の気通じ、暖かなるに潤いを得て耕し、草、青く生じて又耕し、塊少しもなく、こなしたる地は、土和らぎ潤いて草も爛れ(ただれ)つぶれて、痩せ地も良田となるものなり。

(犂一擺六(りいちはいろく)
・犂一擺六(りいち はいろく、はい;ひらく)という事あり。
 これは、一度犂ては六度かきこなせ、ということなり。常に犂くことの深きをのみ専らとして、掻くことのくわしきが肝要とすることを知らず(??ということを知らないでも)、只幾度も掻き熟したるに、糞(肥え)を入れ、うゆ(植ゆ)れば、土よく和合して細根よく生じ栄ゆるものなり。
 粗がきしたるは、土熟せざる故、種を落として後、苗を見るといへども、苗の根粗き土に痛み、土、気と思い合わずして日痛み、虫気その他色々の病を生ずることあり。
 実りのよからんことを思はば、本法のごとく一度耕して六度までこそ掻かずとも、底まで塊なきを詮(せん;肝要)とすべし。    
 苗の立根が、底の細土と思い合わざれば、実りよからぬものなり。ものごと、殻子は、立根より生ずると心得べし。しかる故に、根の下に塊もなく、また苦土(にがつち)もなきようにこしらえ、糞(こえ、肥え)も根の下によく行き渡る心得すべし。
 ただ又、土の性により、しげく掻くべからざるも、間にはあるべし。細砂の地、弱く柔らかなる地、灰のごとく力なく軽き土などは、さのみしげくは掻くべからず。此等の土は少々塊ありとも、性をもたせ置き、力とすることなり。一遍には思うべからず。所によりて時によりて機転を用ゆべし。

 第三節 農具
(農具選得(農具を選び得す)
・総じて、農具を選び、それぞれの土地に従って宜しきを用ゆべし。
 およそ、農器の刃、はやき(捷き)とにぶき(鈍き)とにより、その功をなす所、遅速はなはだ違ふことなれども、愚かなる農人は、大方その考えなく、わずかの費をいとひて、能き農具を用ゆることなし。
 さて、日々に営む仕事の快くてはか行くと、骨折り苦労してもはかのゆかざると、一年を積もり一生の間を計らんには、真に大なる違ひなるべし。特に、土地多く、余りありて人少なく、その人力及び難き所にては、とりわけ牛馬・農具に至るまで優れて良きを用ゆべし。
 されば、古き詞にも、たくみ(巧み)その事をよく(良く)せんと欲する時は、先ず其の器をとくす(得す)と見えたり。
・耙(むまぐは;マンガ、馬鍬)の歯の長きと、短くてしげきとを、段々に調へ置き、その宜しきに従いて用いるべし。歯の荒きばかりを用いては、細かによくかきこなし熟しがたし。
 農書に言えるは、茂木のもとに豊草なく、大塊の間に美苗なしとて、茂り栄へたる木の下にはうるわしき草無く、荒き塊の間には見事なる苗は育たぬものなり。これ田畑に草を置き、塊ながら、種ゆべからざる事を言えり。深く耕し、日に合わせ、細かにかき、細土と糞(肥え)と和し、熟するを専らにするなり。
 この如く、よく地をこなして、うゆ(植ゆ)れば、大方の旱に会いてもさのみ傷まず、色々の癖、災難も逃れて、全く損亡して手を空しくするほどのことは無きものなり。これかねての養い善きによりて、作り物の性強ければなり。例えば人も無病なる強き者は外の邪気に侵されざると同じ理なり。

キャプチャ
図は農水省の作物統計調査資料(2017年長期累年)に基づいて2002年~2017年の15年間にわたる北海道のアスパラガス作付面積と10アール当りの収穫量をグラフに加工したものです。
 10アール当たりの収穫量は、250~300Kgとほぼ横ばいですが、これは道施肥基準に示す400Kgを大きく下回る成績です。歴史を遡ると、1970年代の概ね10年間は350~400Kgの水準を維持していますが、1985年以降からは300Kgを下回るレベルとなっています。35年間低いレベルのままにあるということです。全国平均値は、2013年以降は概ね500Kg以上であり、増加傾向にあります。施設栽培(ハウス栽培)が主体の西南暖地のデータを含んでいますので、露地主体の北海道とは一概には比較はできませんが、本州での反収が増加傾向にあり、北海道では基準を下回るレベルで横ばいにあることは、北海道における反収についての特性を理解できる指標であると思います。
 作付面積については、2,010ヘクタールから1,310ヘクタールと700ヘクタール、35%減少しています。この期間の全国の作付面積は1,100ヘクタールの減少ですから、この70%を北海道が占めていることになります。北海道のアスパラガス作付面積の減少率が大きいことが理解できます。
 作付面積の減少は道全体の収穫量に反映します。この期間の年総収穫量は平均5,200トンですが、2010年以降は漸減し、直近5年間の平均収穫量は4,300トンまで落ち込み、2017年は4,000トンを大きく割り込みました。収穫量の全国シェアは2009年の19.2%をピークにして、2017年は13.2%にまで落ち込んでいます。1924年、北海道においてアスパラガスが最初に栽培され、それから全国第一の産地としての地位を築いてきていますが、それも危ぶまれる現況です。
新規ドキュメント 2020-02-17 10.05.27_1
 一方、2020年2月17日の朝日新聞北海道版にアスパラガス生産農家を目指している新規就農者の記事が掲載されました。アスパラガスの高い経営的価値に着目して持続的営農を目指している若者について紹介しています。
 この若者が考えたように、アスパラガスは本来高い経営的価値を持っているものだと私も考えています。それなのにアスパラガスの生産王国であるはずの北海道では、
 なぜ作付面積が縮小する一方なのでしょうか?
 なぜ低い生産性のままなのでしょうか?
 私は、2003年から2015年まで札幌郊外で2ヘクタールの露地アスパラガスを栽培しました。定年後の新規就農です。12年間のアスパラ栽培は、結果からするとごく普通の経過をたどったことになりました。すなわち、定植後の4~7年目ころは最盛期を迎え、この間は毎年8トン以上を出荷しました。反収としては500~600Kg前後はありました。しかしながらその後、次第に生産量は下降しはじめ、10年目にはピーク時の半分ほどの収量に落ちたところで、私のアスパラ営農は終えることにしました。当初栽培期間を15年ほどと考えていましたので、予定より5年ほど早く畑を閉じることになったわけです。改植と新たに圃場を設けて新植することの2つの方策は検討しましたが、具現するまでには至りませんでした。
 アスパラガスは永年作物です。寒冷地である北海道では15年以上できれば20年くらいは、安定的に生産を持続することが求められます。そして、改植による栽培の継続が滞りなくできることも重要です。これらを具現する技法(農法)が必ずしも確かではないように感じています。
 アスパラガスの高い収量性と持続性ある栽培については、北海道が長年抱えてきている課題と感じます。今後の研究開発が望まれます。

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